2007年01月31日
56:チューブの交換3
当初10分で終わると言われていた
チューブの交換手術は結局1時間以上もかかった。
手術室の外で待っていた妻も
「どうしてこんなに時間がかかったの?」
と心配して聞いてきたので
事情を話すと妻もあきれ顔だった。
それはそれとして
やっと新しいチューブになった。
その新しいチューブから黄色い胆汁が
出てきているのが見えた。
身体にスッカリ溜まっていたせいか
出る量も多かった。
今度の新しいチューブは
前のものよりも少し太いものにした。
チューブは何種類もあった。
太ければ太いほど身体に痛みがあると言われていたが
そんな違和感は無かった。
痛みはもちろんあるけれど
そんなに気になるほどの痛みではない。
それよりもまたチューブがつまってしまう事の方が
私には困ることだ。 もうこりごりだ。
そんな訳で太目のチューブを選んだ。
今回の入院は脱水症状の時とは違い
早く退院する事が出来た。
外来での点滴は日曜日を除いて毎日通った。
こんなに毎日通院するのなら
入院している方が楽かなと思う事もあったほどだ。
それでも入院すると家が恋しくなってくる。。。
男とはそういうものなのかもしれない。。。
この頃になると娘達夫婦も
私が今すぐに末期がん(肝臓がん)で死ぬような
事は無いと思うようになってくれていたようだ。
そのちょっと前までは娘達夫婦だけでなく
家族や親戚、その他友人、知人達・・・、
私を知っている全ての人達は
笹野は末期がん(肝臓がん)だから
きっと助からないだろう。。。と思っていただろう。
ある日、娘達夫婦が教えてくれた。
10月に娘達夫婦の結婚式をやるとの事だった。
私が生きているうちに結婚式を見せてあげたいとの
気持ちから結構前から準備を
進めてきていたみたいだった。
私には嬉しい反面、戸惑いもあった。。。
礼服を着て胆汁の容器をぶら下げて歩く事だ。。。
娘の結婚式に出られる喜びからすれば
小さな悩みなのだが・・・。
この件は家族みんなでいろいろとアイデアを出し合い、
結局、娘が体裁の良い容器を入れる袋を
縫ってくれる事になった。
私にとっては二重の喜びである。
私はまた更に強く生きる気持ちを持つ決意をした。
娘や家族、また娘をもらってくれる人のためにも
末期がん(肝臓がん)を克服するのだと強く決意した。
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