2006年12月13日

20:もう戻る病院が無い

大学病院からの肝臓移植の電話を切った後、
私も妻も言葉が出てこなかった。


しばらく沈黙が続いた。



私は妻に
「この健康食品を飲んでもしダメだったら
それでもいいから。。。」
とだけ言った。


妻はただ無言のままで言葉を返してこなかった。





私のカルテなどは入院していた病院から
大学病院の方へ肝臓移植のため全て渡っていた。



偶然な事に私の主治医だった医師も
出向で来ていたが同時期に
大学病院へ戻ることになっていた。


肝臓移植のため、病院を退院するときも
「また、大学病院の方でお会いしましょう。」
なんて声をかけてくれていた。


その主治医にも肝臓移植を断ってしまったことに対して
申し訳ないという気持ちもあった。

その複雑な思いは何年か経った今でも残っている。






私は今まで入院していた病院を退院し、
大学病院での肝臓移植を断ってしまった。。。


もう、戻れる病院が無くなってしまった。。。




とにかく決心したこの健康食品を飲んで
何とか末期がん(肝臓がん)と戦っていこうと
私も妻も必死だった。


病状を悪化させる訳には行かなかった。

仮に悪化しても行く病院が無いんだから。。。


妻も懸命に肝臓に良いとされる食事を
心がけてくれていた。



妻には本当に心の底から感謝している。。。











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